公開日: 2025年12月某日 / カテゴリ: 引越し現場, 大阪市, 協力型引越し
朝の大阪市西区。まだ街が完全に目を覚ましていない時間帯、ビルの谷間を抜ける風が少しひんやりとしていた。「おはようございます。いまだ運送です。」今日もその一言から一日が動き出す。ハンドルに軽く手を添え、軽トラックのエンジンが低く唸る。目的地は大阪市中央区。距離としては決して遠くはない。だが、引越しというものは距離で難易度が決まるものではなく、その日ごとに“どんなドラマが待っているか”で手応えが変わる。
今回のお客様は、朝から明るい雰囲気で迎えてくださった。西区のマンション前でご挨拶を交わし、すぐに荷物の確認へ移る。小型冷蔵庫、数点の家具、段ボール数箱。軽トラックにはちょうど良い量だ。しかし、この日の本当の“山場”は荷物そのものではなく、新居で待ち受けていた。
■「バケツリレーみたいになると思います」という予言
荷物の積み込みはスムーズだった。マンションのエレベーターもタイミング良く空いていたし、搬出経路も迷いがない。朝の西区は通勤の人で賑わい始めるが、運搬には問題なし。30分と少しで積載は完了し、中央区へ向けて車を走らせる。大阪の街並みを眺めながら、「今日のポイントは新居やな」と心の中で少しだけ覚悟した。
お客様から事前に聞いていたのだ。
――「新居、ちょっと細い階段で…たぶんバケツリレーみたいになると思います」
この“バケツリレー”という表現。引越し屋としては、聞いた瞬間に筋肉が目覚めるようなワードだ。
現場に到着すると、その理由がすぐにわかった。建物はレトロで味がある。階段が細く、折れ曲がりも多い。しかも階段幅にゆとりがなく、家具を通すときは身体を斜めにしないと抜けないような造りだ。いわゆる“大型用には設計されていない昔ながらの階段”。
だが、私はこういう現場が嫌いではない。むしろ腕が鳴る。
■お客様と一体になる“共同作業の引越し”
「じゃあ、バケツリレーでいきましょうか」私が声をかけると、お客様も笑顔でうなずいた。
最初の段ボールを手に持って階段の入り口へ。お客様は踊り場へ。私は下から、次々と荷物を渡していく。上へ上へ、リズムを合わせて、階段の狭さに合わせて角度も変えながら慎重に進める。
この瞬間、“いまだ運送はお客様と一緒に引越しする”という特徴が色濃く出る。通常、大手の引越し業者ではここまでの協力作業はできない。お客様自身が荷物に触れることはほとんどないし、作業の流れに混ざることはまずない。
しかし、いまだ運送は違う。
軽トラで行ける範囲、1人で持てない荷物はお客様と協力しながら運び出す。それは「コストを抑える」という実利的な意味合いだけではなく、一緒に汗を流し、一緒に動き、一緒に荷物を届ける“共同作業の引越し”という体験そのものが価値だと思っている。
■共に乗り越えたことで生まれた笑顔
バケツリレーは不思議なもので、3往復もすると呼吸が合ってくる。「次いきます!」「はい、受け取りました!」言葉が小さくても意思疎通できる。荷物の重さも、階段の角度も、段差の感触も、同じ感覚のなかで共有できる。
まさに“お客様と一体になれた瞬間”だった。
荷物が階段の途中で少し引っかかる場面もあった。家具の脚が手すりに擦れそうになったり、角度を変えながら回し込む必要があったり、決して楽ではない。しかし、それを汗を流しながら一緒にクリアしていくと、自然と笑いが生まれる。「これ、絶対ひとりじゃ無理ですよね」「いやぁ、これはいい経験ですね」そんな会話が飛び交うのも、フルサービスの引越しでは味わえないものだ。
部屋の中に荷物が並び終わったときには、外から吹き込む風が気持ちよく感じられた。家具の位置を最終確認し、お客様のご希望に合わせて微調整する。新居の中には引越し直後の独特の高揚感が漂い、まだ生活が始まる前の“新しい匂い”がしていた。
■効率では測れない、共に動く時間
作業終了後、お客様が少し照れくさそうに言った。「いやぁ、まさか本当にバケツリレーになるとは思いませんでした。でも楽しかったです。」その言葉を聞いて、こちらも自然に笑顔になった。
作業を終えてトラックのドアを閉める瞬間、ふと考えた。引越しという仕事は、荷物を運ぶだけなら単純だ。しかしそこに“お客様と一緒に乗り越えたプロセス”が加わると、物語になる。そしてその物語は、いまだ運送にしか作れない。
大手引越し屋さんでは味わえない体験。それは“効率”ではなく“共に動く時間”の中にある。
最後に深く礼をして、「ご利用ありがとうございました。」とお伝えすると、お客様はほんとうに気持ちよく笑ってくださった。その笑顔が今日の現場のすべてを物語っていた。
軽トラックを中央区の街路に走らせながら、少しだけ肩の疲れを感じる。しかし、その疲れは悪くない。むしろ誇らしい。今日の引越しは、“運んだ荷物”以上のものを一緒に動かした実感が残っていた。
――今日もいい引越しができた。

