公開日: 2025年12月某日 / カテゴリ: 引越し現場, エピソード, お客様との交流
「おはようございます。いまだ運送です。」
その日の始まりは、いつも通りの挨拶からだった。とはいえ、終わってみれば“いつも通り”なんて言葉では説明できないほど、なかなかにレアな一日になった。
ご依頼いただいたのは、加西市から大阪市淀川区までのお引っ越し。軽トラックで二時間前後の距離を走る、ちょっとした中距離便。朝の空気を吸い込みながらエンジンをかけ、Google マップを眺めて「ああ、今日は長めのドライブだな」と心の中でつぶやく。
現地に到着すると、爽やかな笑顔のお客様が玄関前で待っておられた。さっそくご挨拶をして、荷物の確認。すると開口一番、こんな言葉が飛び出した。
「細かいけど、大丈夫です?」
その瞬間、僕の頭の中に“細かい荷物”とか“細かい雑貨”とか、いろんな意味の“細かい”が浮かぶ。しかし、運送の現場ではどんな予想をしても、大抵その斜め上がくるものだ。
「はい、大丈夫ですよ」と返しながら、内心ちょっとだけ「何が細かいんだろう…?」とワクワク(?)し始めていた。
しかしその“細かさ”の正体を知るのは、作業がひと段落して会計のタイミングが訪れたときだった。
■すべてを凌駕する“細かい”の正体
「では、お会計のほうを……」
僕の言葉を合図にするように、お客様が持ってこられたのは――ひとつの透明な袋。
中にはぎっしりと詰まった500円玉。いまだ運送史に刻むべき圧倒的な物量。袋越しにもズッシリと伝わる存在感。まるで小さな金庫。
「全部、500円玉でいいですか?」と、お客様。
一瞬、時間が止まったような気がした。
「ぜ、ぜんぶ……500円玉ですか?」
「はい。全部500円玉なんです。貯金してたやつ使おうと思って」
なるほど……!そういう“細かい”だったのか!!
この予想外すぎる展開に、思わず笑ってしまいそうになるのをぐっとこらえながら、「はい、大丈夫です!」と力強めにお答えした。
■「鉄の塊」が持つ、時間と想いの重み
実際、重さはなかなかのものだ。500円玉って、1枚7グラム。数千円なら軽いけれど、引越の料金ともなると――まあまあの重量になる。財布ではなく、ほぼ“鉄の塊”。昔、社会科見学で見た貨幣の重さを思い出したくらいだ。
袋を持ち上げた瞬間、「うわ、これは筋トレになる」と思いながら、これもまた貴重な経験だと感じた。
こういった“思わぬ出来事”というのは、運送業の仕事に彩りを与えてくれる。毎回同じようでいて、毎回違う。荷物の形状も違えば、お客様の事情も違う。そこに今回のような“完全オリジナルイベント”が入ってくるわけだ。
ちなみに、500円玉の袋はずっしりしているだけでなく、なんとも言えないワクワク感がある。子どもの頃、お年玉を貯金箱に入れて重くなっていくのが嬉しかった人は多いはずだ。“積み重なる”というのは、なんだか特別な魅力がある。
だからこそ、お客様が袋を手渡してくださったとき、そこにはただの貨幣以上の“時間”や“想い”が詰まっているように見えた。この500円玉一枚一枚は、お客様がこつこつ積み重ねてこられた“暮らしの証”でもあるのだ。
引越というのは、たった数時間で終わる作業だけれど、そこに運ばれているのは“生活の歴史”。そして“これから始まる新しい生活”。
今日はその一部に、500円玉の重さが加わった。これはきっと忘れられない一件になる。
■すべてが物語となる引越の仕事
淀川区へ到着して、荷物の搬入を完了。最後に玄関でご挨拶すると、お客様は満面の笑みでこうおっしゃった。
「今日は本当に助かりました。500円玉のこと、ちょっと心配だったんですけど……受け取ってもらえてよかったです」
こちらこそ、ですよ。むしろ貴重な体験をさせてもらったのは僕のほうだ。
思い返せば、初めて引越代金を“全部500円玉”でお支払いいただいた日は、今日が記念日になった。
軽トラックのエンジンをかけながら、仕事というのは本当に“人によってつくられる”ものだ、と改めて思う。同じ荷物は一つとしてないし、同じ支払い方法も一つとしてない。(たぶん、今後500円玉で全部払ってくださる方は、そんなにいないとは思うけれど…)
だけど、それでいい。そして、それがいい。
すべての引越が、ひとつの物語として心に残っていく。今回の物語は間違いなく“500円玉の章”だ。
最後にもう一度、心の中でつぶやく。
「ご利用ありがとうございました。」
そして加西の空気を思い出しながら、僕は次の依頼へ向けてアクセルを踏んだ。

